終電前に昇天する「H山さん」

終電前に昇天する「H山さん」_title 先輩

それは2013年の事だ。

東京のスラム街、足立区で産まれ育ったシャイな少年は、

何ということでしょうか。東京を代表する高級商業地「銀座」で働いていた。

東京を代表する高級商業地「銀座」のイメージ



当時の業界の労働環境は良いとは言えず
繁忙期には2、3日徹夜で作業する事も珍しい事ではなかった。

主な仕事は800ページ超のカタログのデータ作成だ。

しかも一つのページに対して酷い時は20回以上もの修正が入る。

デザイナーの人にはわかると思うが、
これは完全に脱糞案件である。

脱糞案件が嫌なサラリーマンのイメージ



当時、最も若手だったデザイナーの私は
営業的な動きをしていた「H山さん」と共にこの案件に挑んでいた。


もちろん2人では絶対に終わらないので
社内スタッフの他、グループ会社まで巻き込んだ案件になっていた。

あの時に力を貸してくれた皆さん有難う御座います。


10歳ほど年上の「H山さん」は上下関係なく誰に対しても愛想が良く
体育会系の前職から転職してきた私はかなり働きやすかった。

そして夜な夜な2人でセンシティブな会話をしながら
お互いを励まし合い業務に励んでいた。

センシティブな会話のイメージ



仕事は大変だったけど、この時間はかなり楽しかった。

女性スタッフに聞かれたら
2人並んで3往復ビンタを食らっていただろう。


聞かれてなくて本当に良かったと思う。

そんな後輩思いの「H山さん」だが時折見せる悪い癖がある。

それは決まって終電の時間がせまる23:30頃に起こる。

低い棚を越えた対面に座る「H山さん」の席から何やら音が聞こえる。

H山さん「… … … グ… グォ〜… グォ〜…」

か、会社で寝ている…
私の瞳に映るその姿はもはや「昇天」であった。

「H山さん」昇天のイメージ


当時、深夜に作業が終わる事も度々あったので
終電に間に合わなくても、タクシー代は会社から出ていた。

仕事が忙しければ忙しくなるほど
終電前に「H山さん」が昇天する確率は高くなっていった。

「H山さん」昇天のイメージ

当時私は思った。
「H山さん」は電車で帰るのが面倒くさくて終電前に昇天するのはワザとだと。

しかし現在私が、当時の「H山さん」の歳になりわかった。

この歳であんな徹夜続きだったら昇天も致し方ないと。

そんな終電前に昇天した「H山さん」は目を真っ赤に充血させながら
おおよそ深夜1時頃に「復活する。

「H山さん」復活のイメージ




そして、そのまま徹夜か
もしくは3時頃まで続きの仕事をしてタクシーで帰り

翌日(というか当日)の朝、
ダメージが残ったまま出社するパターンが多かった。

忙しい時期は土日も出社していたので
2人のダメージは日々蓄積されていった。

そんなヘロヘロの状態を緩和すべく
気配りが出来る「H山さん」は決まってあるものを差し入れてくれた。

それは

「活蔘(かつじん)」である。

最高級!6年根高麗人参配合「活蔘」

この怪しい栄養ドリンクの存在を
私は「H山さん」から頂くまで知らなかったが
どうやら肉体疲労時などの栄養補給、滋養強壮に効くらしい。


勇気を出して初めて飲んだ時はびっくりした

めっちゃ不味い。

活蔘を飲んでめっちゃ不味いポーズのサラリーマンのイメージ

でもなんか効いてる気がする。

事あるごとに「活蔘」をくれる「H山さん」
当時は気にせず頂いていたが今ネットで確認したら結構な価格だ。

本当に感謝しかない。


さらに仕事が忙しすぎて「H山さん」の脳がバグった時があった。

それは休日出勤していて
社内にスタッフが5、6人いた時の事だ。

H山さん「疲れたから… もう 寿司頼んじゃう。

私「 ?? 」

蓄積疲労とストレスで頭がおかしくなったのだろう。
「H山さん」は突然、

自腹で出勤しているスタッフ全員分の寿司の配達を頼んだ。

宅配寿司のイメージ

そのうち2人は日本に来ていたグループ会社の中国人スタッフだった。


当時、中国の人は火が通ったもの以外はあまり食べないと聞いていて心配だったが
「寿司は大丈夫」との事で一緒にご馳走になった。

中国人スタッフ「…もぐもぐ とてもおいしいです。

休日の静かな会社で中国人スタッフと一緒に寿司を摘んでいる光景が、
なぜかとてもシュールで今でも鮮明に覚えている。

中国人スタッフが珍しそうに寿司を食すイメージ

当時仕事は大変だったが、なんとなく楽しい思い出になっているのは
圧倒的に「H山さん」のおかげだろう。

今でも極稀に、当時のスタッフと飯を食いに行ったりする

今度は私が「活蔘を持参して会いに行こうと思う。
「H山さん」に。



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